介護福祉士 過去問
第38回(令和7年度)
問94 (障害の理解 問4)
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問題
介護福祉士試験 第38回(令和7年度) 問94(障害の理解 問4) (訂正依頼・報告はこちら)
- 障害者を弱者として保護する捉え方が広まった。
- ノーマライゼーションの理念が徐々に浸透した。
- 身体障害者福祉法の制定につながった。
- 障害種別ごとの福祉サービス給付が始まった。
- 措置制度から自立支援医療制度へ移行した。
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この過去問の解説 (2件)
01
この問題は、障害者福祉に関わる歴史について問われます。
国際障害者年とは、国際連合(国連)が1981年(昭和56年)に定めた、
障害者の権利と社会参加を世界中で進めるための記念年とされています。
誤りです。
国際障害者年より前の日本の障害福祉は、
障害者を弱者として捉え、大規模収容施設に隔離することが、
保護することとされていました。
正解です。
国連が定めた1981年(昭和56年)の国際障害者年を契機に、
日本の障害福祉は「完全参加と平等」等のスローガンを通じて、
国民への理解が広がりました。
誤りです。
身体障害者福祉法の制定は1949年(昭和24年)になります。
国際障害者年は1981年(昭和56年)なので、
適切ではありません。
誤りです。
障害種別ごとの福祉サービス給付が始まったのは、戦後~高度経済成長期に、
それぞれの障害種別に分かれた福祉法の制定後になります。
2006年(平成18年)施行の障害者自立支援法により、
現在は身体障害、知的障害、精神障害の福祉サービス給付が一元化されています。
誤りです。
2006年(平成18年)に障害者自立支援法の施行により、
措置制度から自立支援医療制度へ移行されました。
戦後は、障害者を弱者として捉え、一方的に保護する施策が一般的でした。
国連が定めた国際障害者年は「完全参加と平等」をスローガンとして掲げ、
法律だけでなく、駅のエレベーターやバリアフリー等社会環境も変化していきました。
後に障害者自立支援法の施行により、障害別の福祉サービスが一元化され、
措置から自立を支援していく考えに変わっていきました。
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02
国際障害者年(1981年)の理念は「完全参加と平等」で、
障害福祉のあり方を「保護・隔離」から「地域社会への移行(ノーマライゼーション)」へと大きく舵を切る契機となりました。
この年を境に障害者が特別に隔離されるのではなく、
共に地域で暮らすための法整備や制度の基盤が作られたという流れを押さえましょう。
×
これは理念である「ノーマライゼーション」の本質と真逆なので不正解です。
〇
国際障害者年を契機にそれまでの「障害者を哀れみ、施設に隔離して保護する」という古い考え方から、
「障害があってもなくても、地域社会で当たり前に共に暮らす」というノーマライゼーションの理念へ劇的に転換したので正解です。
×
身体障害者福祉法が制定されたのは1949年であり、
国際障害者年の1981年より以前なので不正解です。
×
日本の障害福祉は法律が作られたタイミングが異なるため、
元々「身体障害」「知的障害」「精神障害」の3つの障害ごとに完全に縦割りでサービスが行われていました。
国際障害者年ではバラバラだった障害の種別を
分け隔てなく共通の仕組みで支えようとする「三障害の一元化」への足がかりなったので不正解です。
自立支援医療制度が始まったのは、2006年の「障害者自立支援法」の施行と同時です。
国際障害者年である1981年から25年後の出来事で、国際障害者年を契機に移行したわけではないので不正解です。
1981年は具体的な新制度への移行年ではなく、
「それまでの縦割りや隔離の仕組みを見直し、将来の一元化や地域生活へ向かう意識改革のキッカケとなった年」
と捉えることがポイントです。
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