介護福祉士 過去問
第38回(令和7年度)
問17 (社会の理解 問5)
問題文
(注)「精神薄弱者福祉法」とは、現在の知的障害者福祉法のことである。
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問題
介護福祉士試験 第38回(令和7年度) 問17(社会の理解 問5) (訂正依頼・報告はこちら)
(注)「精神薄弱者福祉法」とは、現在の知的障害者福祉法のことである。
- 国際連合の障害者の権利に関する条約の影響を受け、障害者基本法に「社会的障壁の除去」が規定された。
- 第二次世界大戦後5年以内に、優生保護法が廃止された。
- 「精神薄弱者福祉法」の制定によって、知的障害者の入所施設からの地域移行が推進された。
- 社会福祉基礎構造改革によって、高齢者より先に障害者の福祉制度が利用契約制度となった。
- 身体障害、知的障害、精神障害のうち、福祉に関する法律の制定が最も早かったのは知的障害である。
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この過去問の解説 (2件)
01
この問題は障害者福祉の歴史について問われます。
福祉の考え方について戦後からの推移を、整理して覚えていくことがポイントになります。
正解です。
記述の通り、2011年に改正された障害者基本法に「社会的障壁の除去」が規定されました。
誤りです。
優生保護法は1948年に制定されましたが、
重大な人権侵害があるとして、1996年に廃止されました。
誤りです。
「精神薄弱者福祉法」の制定によって、入所施設への移行が推進されました。
誤りです。
社会福祉基礎構造改革によって、高齢者が先立って、介護保険制度という利用契約制度となりました。
後に障害者についても支援費制度が導入され、利用契約制度である障害者自立支援法が制定されました。
誤りです。
福祉に関する法律の制定が最も早かったのは、身体障害です。
身体障害者福祉法は、戦後間もない1949年に制定されました。
戦後からしばらくは、入所施設への推進や、行政が福祉サービスを主体的に実施していた時代もありましたが、
ノーマライゼーションの理念の普及により、利用者主体の制度と変わっていきました。
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02
日本の障害者福祉は戦前までは障害者を対象とした法律はなく、戦後から障害者への法制定の整備が進んで生きました。この辺りから現代までの歴史的展開を理解が求められる問題であり、流れを確認しておくことが重要になります。
正解です。
国際連合の「障害者の権利に関する条約」の理念から、日本では2011年の障害者基本法の改正に伴い「社会的障壁の除去」が規定されました。
不正解です。
優生保護法は本人の同意がない強制不妊手術などを認めた法律で、1996年に「母体保護法」と改正・改称された際に廃止されました。
不正解です。
知的障害者の施設入所から地域移行の意向が努力義務とされたのは、精神薄弱者福祉法の制定によって行われたものではなく知的障害者福祉法へと改められて以降になります。
不正解です。
社会福祉基礎構造改革は日本の少子高齢者や核家族の増加、福祉の仕事が増えたことなどを背景に行われました。この改革によって高齢者福祉が先に措置制度から利用契約制度へと移行しました。
不正解です。
福祉に関する法律の制定が最も早かったのは身体障害です。1949年に身体障害者福祉法が制定された背景には戦争での負傷者の救済などがあります。
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